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暇な美容師の奇行

【宇宙犬】大気圏を突破した初めての動物「ライカ」の壮絶な運命

こんにちは、KOH(@Luck81O)です。

 

国内外問わず旅を愛してやまない僕ですが、さすがに宇宙への旅はまだ未経験です。

 

しかし近年、文明の進歩により民間宇宙旅行への実現が近づいております。一部メディアによると、2020年には民間宇宙船で宇宙旅行に行くにはロシア南西部アストラハン州のカプースチン・ヤールから20〜25万ルーブルの費用で行けるとか。

 

大気圏を突破した初めての動物

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いまや目前というほどに近づいてきた宇宙旅行。思い返してみれば、人類初の友人宇宙飛行は1961年に旧ソ連の軍人ユーリィ・ガガーリン。地球帰還後に語ったとされる「地球は青かった」という言葉は半世紀以上経ったいまでも、誰もが知る有名な言葉です。

 

人類初の宇宙飛行はガガーリンですが、動物という枠で言うと、1947年にミバエが高度68メートルから帰還、哺乳類は1949年にアメリカのV2ロケットで宇宙飛行をしたアカゲザルアルバート2世が最初でした。

そして、1957年。ガガーリンよりも約3年早く地球軌道周回に打ち上げられたのはイヌの「ライカ(クドリャフカ)」。地球上の生物で初めて大気圏を突破したライカの半生は、決して栄光に満ち溢れたものではありませんでした。

 

野良犬たちの過酷な訓練

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当時、旧ソ連ではおよそ20匹のメス犬たちが「宇宙犬」という名の実験動物として精密なプログラムのもとで訓練されていました。彼女らはもともと野良犬で、捕獲隊によって捕らえられたのです。他の動物に比べて人に対して抵抗が少なく、訓練が容易であるなどの理由から訓練動物に犬が選ばれたようです。

狭い宇宙船で犬を宇宙に打ち上げるにあたってオスは排尿時に右足をあげるので、狭い宇宙船内に適さなく、メス犬に限定したのだとか。

あとに地球の周回軌道に打ち上げられることとなるライカもまた、その一員。

訓練内容は高度200kmの高さまでロケットで打ち上げてパラシュートで降下したり、閉所に慣らすためにカプセルの中に閉じ込める閉鎖実験を徐々にカプセルを小さくしながら行っていました。カプセル内での拘束期間は最長20日間に及んだそうです。

 

多種多様な厳しい訓練を経て、多くの訓練犬の中から適性とされ選ばれた一匹のファイナリストこそが、ライカでした。

 

訓練内容は厳しくも、訓練所となるモスクワの空軍医学研究所で、宇宙空間での生体研究をしているウラジミール・ヤツドフスキー博士が率いる研究チームなどの関係者は、訓練犬たちに時には厳しくすることもありますが、普段から訓練犬たちには優しく接していました。

 

世界が震撼したスプートニク計画

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1957年10月。旧ソ連スプートニク計画のもと、人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。これは世界初の人工衛星打ち上げの成功であり、世界の政治や経済までに大きな衝撃や危機感を与え、人々これを「スプートニクショック」呼びました。

それからわずか1ヶ月後。世間の注目の未だ熱が冷めやらぬ時期に、世界最大規模を誇るバイコヌール宇宙基地ではスプートニク2号の打ち上げ準備が進んでいました。

 

宇宙犬の定められた運命

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スプートニク2号の気密室に入ったライカは必要最低限しか身動きの取れない状態に固定されました。ライカが暴れて機材が破損しては危険だからです。

きっとこの時、ライカはまた厳しい訓練を終えて地上に帰還することを想像したでしょう。

 

しかし、スプートニク2号の船内にいつものようにパラシュートは積まれていませんでした。

代わりに積まれているのは宇宙の観測機やライカの脈拍、血圧、呼吸を測る装置。そして、酸素と食料は数日分しか積まれていません。

そう、スプートニク2号の打ち上げ計画に「帰還」は含まれていないのです。

当時は大気圏外から再突入し、地球に帰還するまでの技術が人類にはありませんでした。

 

ヤツドフスキー博士の自宅

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「何かいいことをしてやりたかった。残された時間はわずかだったから」

そう語ったのは打ち上げまでに誰よりもライカと過ごした時間が長かったヤツドフスキー博士。野良犬を捕獲し、訓練し、犬を宇宙へ打ち上げることを決めた博士です。博士は打ち上げの前日に宇宙犬ライカを自宅に連れて帰りました。

 

ライカを子供達と遊ばせ、「優しい家族に飼われた犬」として地球最後の1日を過ごさせたのです。

しかし、無情にも打ち上げの日はやってきます。

 

ライカ、宇宙へ

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打ち上げの予定日に宇宙船は打ち上げられませんでした。不具合が見つかり、ライカは船内で3日間の待機。ヤツドフスキー博士をはじめ科学者たちは全力のケアをしました。

 

当初の打ち上げ予定日から3日後の1957年11月3日。ライカを乗せたスプートニク2号の打ち上げは無事に成功しました。

これによりライカは地球史上初めて大気圏を突破した生物となりました。

しかし、軌道突入後に断熱材の一部が損傷し、船内の温度は40度まで上昇。

 

スプートニク2号の打ち上げから数年間、旧ソ連によると、地球軌道に乗って数日後、薬入りの餌を食べて安楽死したと主張していました。

 

しかし、2002年には科学者の1人ディミトリ・マラシェンコフがこんな暴露をしたのです。

「ライカは7時間以内に、地球軌道の4周目のどこかの時点で凄まじい苦痛の中死んだ。」

 

断熱材の一部が破損し、温度制御がままならなくなったスプートニク2号の船内は地獄のような温度だったに違いありません。想像を絶するほどの環境で、ライカはその一生に幕を閉じたのでしょう。

 

世界の反応 

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打ち上げから5ヶ月が経過した頃、スプートニク2号は地球を2570周し、地球へ降下。大気圏で燃え尽きるその姿に、アメリカからはUFOの目撃情報が報告されました。

 

ライカの打ち上げやそして死に対して、イギリスでは動物愛護団体から猛烈な抗議、アメリカ、ニューヨークでは国連本部の前に愛犬家たちが集まり抗議集会が開かれるなど、世界中からの反発が絶えませんでした。

 

最後に

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 1961年4月12日。旧ソ連よ空軍少佐であるユーリィ・ガガーリンは世界初の有人宇宙飛行を成し遂げ、一躍時の人に。

その功績の裏側にはライカが犠牲となったスプートニク2号から得た多くのデータが活用されました。

その後も目まぐるしいスピードで進歩を続ける宇宙開発。迫る「民間宇宙旅行」は宇宙犬ライカの功績があったからこそ実現するものでしょう。

 

嗚呼、宇宙飛行に行きたい。